『ホテル・アイリス』(小川洋子著、幻冬舎文庫)を読む。 城壁のある海岸近くにあるホテル・アイリスを母と営んでいる私が、娼婦と衝突したロシア語翻訳家の男性と知り合い背徳的な逢瀬を重ねる物語。一連の著者の作品の中では異端的な作品になると思う。そ…

『身体の時間』(野間俊一著、筑摩選書)を読む。 「今」を生きるということを論理的や物理的にではなく、「身体」が今を生きているという観点から考察していく本。著者は精神科医という立場からこの「今を生きる」ということをPTSDや解離性同一性障害という…

『数学で生命の謎を解く』(イアン・スチュアート著、ソフトバンククリエイティブ)を読む。 生物学の歴史で起こった五つの革命(顕微鏡の発明、生物の体系的分類、進化論、遺伝子の発見、DNA構造の発見)に次いで起こっている第六の革命、すなわち数学による…

『ラカンの殺人現場案内』(ヘンリー・ボンド著、大田出版)を読む。 殺人現場写真という通常は目にすることがない写真をラカン理論を応用して読み解いてみようという本。対象となるのは1955年から1970年の間に英国で起きた殺人事件の資料なので、科学捜査が…

『人はお金だけでは動かない』(N.ヘーリング、O.シュトルベック著、NTT出版)を読む。 表題からすると、人は経済学での前提となっているホモ・エコノミクスではないことを示す行動経済学をとりあつかった本のように思えるが、本書はそれだけではない。経済…

『群れはなぜ同じ方向をめざすのか』(レン・フィッシャー著、白揚社)を読む。 自然界の中には単純な規則によって目を瞠るような美しいパターンが生成すること(自己組織化)があるが、私たちの社会にも個人間の比較的単純な規則から動的な秩序が生まれ、う…

『群れはなぜ同じ方向をめざすのか』(レン・フィッシャー著、白揚社)を読む。 自然界の中には単純な規則によって目を瞠るような美しいパターンが生成すること(自己組織化)があるが、私たちの社会にも個人間の比較的単純な規則から動的な秩序が生まれ、う…

『ミーナの行進』(小川洋子著、中公文庫)を読む。 父親が病死したため母方の叔母の家に預けられることになった主人公がそこで出会ったミーナと過ごした一年間の物語。主人公が中学1年の1972年から73年という時代設定でちょうどミュンヘンオリンピックが開…

『寡黙な死骸 みだらな弔い』(小川洋子 中公文庫)を読む。 さまざまなかたちの死をテーマにした連作短編集。各短篇は独立した物語でありながら他の短篇とところどころで関連性をもっており、誰かの死はどこかで自分とつながっているという思いを抱かせる。…

『世界を救う処方箋』(ジェフリー・サックス著、早川書房)を読む。 世界の貧困問題の第一人者が祖国アメリカが抱える問題を指摘し、その処方箋を提示する本。冒頭に「アメリカの経済危機の根底には道徳の危機がある」と指摘し美徳の衰退を問題視している。…

『世にも奇妙な人体実験の歴史』(トレヴァー・ノートン著、文藝春秋)を読む。 猛毒をもつ河豚を最初に食した人間が誰かは誰も知らないが、誰しもその勇気に感心する。河豚を食する知識は今受け継がれて私たちは恩恵を受けているのだが、それと同じというよ…

『寅さんとイエス』(米田彰男著、筑摩書房)を読む。 映画『男はつらいよ』の主人公寅さんとイエス・キリストという一見無関係にみえる両者の共通性を考察しながら、功利性とは離れた無用性の知恵を語るユニークな本。聖書は子どものころから折に触れて読ん…

『数学でわかるオリンピック100の謎』(ジョン・D・バロウ著、青土社)を読む。 今日NHKスペシャルミラクルボディー 第1回「ウサイン・ボルト 人類最速の秘密」が放映されていたが、本書の最初の話題が、「ウサイン・ボルトはどうすればこれ以上速く走ら…

『トクヴィルの憂鬱』(?山裕二著、白水社)を読む。 フランス革命後のロマン主義時代を生き抜いたアレクシ・ド・トクヴィルの自己の理想と現実の隔たりからくる憂鬱がどのようなものであったのかを政治・文化情勢の変遷とともにみごとに描き出している。旧…

『小川洋子の偏愛短篇箱』(小川洋子編著、河出文庫)を読む。 作家の小川洋子さんによる短篇アンソロジーで、2009年同社より発刊された単行本を文庫化したもの。不気味な味の短篇から細かい人間模様を描写した名品までさまざまな短篇が「箱」に収められてい…

『マイクロワールド』(マイクル・クライトン著、早川書房)を読む。 早逝が惜しまれた作家の遺稿をノンフィクション作家リチャード・プレストンが完成させたSF作品を堪能した。かつて『ジュラシック・パーク』では、巨大な恐竜に恐怖した読者は、今回自然界…

『貧乏人の経済学』(A.V.バナジー&E.デュフロ著、みすず書房)を読む。 貧困層はなぜ貧困から抜け出せないのか、援助は有効なのかむしろ自立を阻害するので有害なのか、経済的援助を行う場合に常に問題となる議論を、大所高所の概念論ではなく自らが集めた…

『猫を抱いて象と泳ぐ』(小川洋子著、文春文庫)を読む。 生まれつき上唇と下唇がくっついているという奇形を持って生まれた無口な少年がふとしたことからマスターとよばれる男からチェスの手ほどきを受け、やがてリトル・アリョーヒンと呼ばれるようになる…

『完本 酔郷譚』(倉橋由美子著、河出文庫)を読む。 7年前の6月に亡くなった作家の『よもつひらさか往還』(2002年)と『酔郷譚』(2008年)を併せて文庫化した本。主人公の慧君は祖父が元首相の入江晃で、その祖父が「前世紀の、多分まだ昭和だた頃に始め…

『遺伝子と性行動』(山元大輔著、裳華房)を読む。 脳神経系の構造と機能の基本デザインは遺伝子で規定されており、行動を引き起こすものが神経系であるのなら、生物の行動の基本パターンは遺伝子によって規定されているはずだ。本書はショウジョウバエにお…

『謎の物語』(紀田順一郎編、ちくま文庫)を読む。 短篇小説の醍醐味は結末の意外性や斬新さに依るところが大なのだが、最後が読者の想像に任されたり、謎が解かれず終いだったりするいわゆる「謎物語(リドル・ストーリー)を集めた一冊。この形式はこの本…

『それをお金で買いますか』(マイケル・サンデル著、早川書房)を読む。 ハーバード白熱教室で有名になったサンデル教授による市場主義の問題を論じた本。まず序章に出てくる実例を読んで日本人の私は驚く。以下はお金で買えるのだ:刑務所の独房の格上げ、…

『神道とは何か』(伊藤聡著、中公新書)を読む。 古代から近世までの神道の歴史を仏教との相互作用の中でどのように展開したかを概説した本。古代における神仏習合のいきさつから始まって、中世における神道と仏教との関係すなわち神仏習合のことを説明して…

『音楽嗜好症』(オリヴァー・サックス著、早川書房)を読む。 『妻と帽子をまちがえた男』など数々の著書で知られる著者が、人間と音楽の関係を神経内科学的立場から描いた本。コンピューターは人間の脳に喩えられることがあるけれど、一部が故障したときに…

『老化の進化論』(マイケル・R・ローズ著、みすず書房)を読む。 ショウジョウバエの選択育種により通常の寿命以上に(約10%)長生きさせる個体(メトセラバエ)を選択することに成功した進化生物学者による研究の軌跡を記した本。著者は進化のしくみを利…

『ソウルダスト』(ニコラス・ハンフリー著、紀伊國屋書店)を読む。 『赤を見る』の著者である進化心理学者である著者が意識にはどういう意味があるのかについて考察した本。題名の「ソウルダスト」とは、意識をもつ私たちが外界のさまざまな対象に投影する…

『知識と経験の革命』(ピーター・ディア著、みすず書房)を読む。 17世紀に起きた科学革命はどのようなものであったかを16世紀の科学と対比させながら解説する本。巻末の解説によれば、本書は、アメリカ科学史学会が英語で出版された一般読者向けの科学史を…

『意識は傍観者である』(デイヴィッド・イーグルマン著、早川書房)を読む。 神経科学を専門にする著者は、本書で脳という精巧な器官は、意識下で多くの仕事を並列で処理していること、それはつまり自分だと意識している「自分」とは、すべてを知っているオ…

『居心地の悪い部屋』(岸本佐知子編訳、角川書店)を読む。 巻末に訳者が書いているように、「うっすら不安な気持ちになる小説」を集めた短編集。「どこかに行こうとして電車に乗るのだけれど、乗りまちがえて全然ちがう場所に着いてしまう」ような感覚を、…

『日本語雑記帳』(田中彰夫著、岩波新書)を読む。 メディアの言葉や外来語、方言、漢字などにまつわる豊富な話題を集めたエッセイで、随所に楽しい話題がちりばめられている。例えば方言については、東日本と西日本の方言の違いはよく取り上げられる話題だ…