『世にも奇妙な人体実験の歴史』(トレヴァー・ノートン著、文藝春秋)を読む。
猛毒をもつ河豚を最初に食した人間が誰かは誰も知らないが、誰しもその勇気に感心する。河豚を食する知識は今受け継がれて私たちは恩恵を受けているのだが、それと同じというよりもっと重要な知恵は、先人たちの知恵と勇気の賜なのだということを本書は教えてくれる、それも痛快に(じっさい河豚の話も「おそるべき日本のグルメ」として紹介されている)。医学の黎明期疾患の適切な動物モデルが乏しい時代という背景もあるのだろうが、最後は自分の体で実験してみるという実証主義は医の倫理の基本なのだろう(志願者を対象として医薬品の効果を検証する手続きの不備が悲惨な事件-本書でも紹介されているTGN1412抗体事件-を引き起こしたことを読むと被験者の一部は研究者がボランティアとしてはいるべきなのではと思ってしまう)。それにしても実験者たちはありとあらゆる身の毛もよだつようなものを試している。梅毒や淋病、サナダムシ、麻薬、ニトログリセリン、伝染病患者の吐物・・・。中でも印象に残ったのは自分を実験台にして心臓カテーテルの技術を開発したヴェルナー・フォルスマン、有毒ガスや高圧環境の実験に心血を注いだジャック・ホールデンだった。
本書の帯には「マッド・サイエンティストの世界にようこそ」とあるが、趣味の悪い宣伝だ。驚嘆すべき実験であることにはまちがいないが、けっして見世物的なものではないのだから。

世にも奇妙な人体実験の歴史

世にも奇妙な人体実験の歴史