『完本 酔郷譚』(倉橋由美子著、河出文庫)を読む。
7年前の6月に亡くなった作家の『よもつひらさか往還』(2002年)と『酔郷譚』(2008年)を併せて文庫化した本。主人公の慧君は祖父が元首相の入江晃で、その祖父が「前世紀の、多分まだ昭和だた頃に始めたクラブ」をもらい受ける。そこのバーテンダーの九鬼さんから様々なカクテルを振る舞われ夢幻の世界を往還するという物語となっている。貴人が謎の老人の不思議な助力により生と死の境界(黄泉平坂)を往復する設定自体は珍しくはないが、題名のとおりそのトリップの小道具は色とりどりのカクテルであり、酒を愛する読者にとっては想像を痛く刺激される。そのカクテルには性や死、歓と苦、美と醜が調合されており、読者は慧君とともにそれを味わい、今では彼岸で仙人や神々とともに酒宴を催している作者の美しき庭で心ゆくまで遊ぶことができる。
もちろん酒を嗜みなみつつ読むのがお薦めなのだが、やはりできればカクテルが欲しい。しかしそうなるとどうしてもあの九鬼さんみたいなバーテンダーに居て欲しくなるのがこの本を読むとき残念に感じることである。

完本 酔郷譚 (河出文庫)

完本 酔郷譚 (河出文庫)