『ホテル・アイリス』(小川洋子著、幻冬舎文庫)を読む。
城壁のある海岸近くにあるホテル・アイリスを母と営んでいる私が、娼婦と衝突したロシア語翻訳家の男性と知り合い背徳的な逢瀬を重ねる物語。一連の著者の作品の中では異端的な作品になると思う。その初老の男性は、私を裸にして縛りサディスティックな行為を繰り返す。私はその仕打ちに快楽を憶え、母とおばさんとで暮らす退屈な日常からの逸脱を楽しむようになる。遊覧船に乗ってやってきて主人公にサディスティックな行為を行った後にまた遊覧船に乗って島へと帰っていく男は、非日常から現れては消えていく小さな死の象徴だろうか。物語の後半では主人公に対するときとは違う、やさしい愛情を注がれる甥が登場し、三人の間での愛憎が交錯する。主人公が背徳的な悦楽に耽るようになった経緯と最後の展開に至る経緯の描写にやや物足りなさを感じるが、著者独特の静謐な描写が類似の物語とは異なる味わいの小説に仕上げている。

ホテル・アイリス (幻冬舎文庫)

ホテル・アイリス (幻冬舎文庫)