『ソウルダスト』(ニコラス・ハンフリー著、紀伊國屋書店)を読む。
『赤を見る』の著者である進化心理学者である著者が意識にはどういう意味があるのかについて考察した本。題名の「ソウルダスト」とは、意識をもつ私たちが外界のさまざまな対象に投影する現象的特性のことで、この言葉で、著者は、世界がどのように感じられるかは、わたしたち自身が決めているということを言わんとしている。この前段では、意識が実在するものではなく、”幻想”であるとする。この点については、意識が自分になにが起こっているかの表象をモニターするシステムが進化した結果中枢神経の内部回路となった結果生じたものであると説明している。ここでグレガンドラムという錯視図形を例にとりながらそのアナロジーとして、この幻想回路をイプサンドラムという造語で説明している。対象を感覚するときに生じるクオリアの問題も、このループ回路から創発的に生じたものであろうと推論する。このあたりは思考実験を重視する著者とそれに否定的な論者との立場の違いが際立つところだ。そして第2部ではこうして生じた意識には進化的に利益があったからこそ生物学的な存在意義があるとして、ゾンビ問題に論駁する。ここでラマチャンドランらの実験結果を引用しながら、さきほどの「ソウルダスト」が登場する。生きていることを意識することが重要であり素晴らしいのだというメッセージもこうした進化の点から論じられるとなるほどと思う。しかしそうした意識を獲得してしまったがゆえに人間は「死」の問題と向き合わなければならなかったと著者は指摘する。この解決法として著者は宗教以前の自己の魂の存続という”幻想”で対処したとする(著者によれば人格神の登場は進化的にみると最近のことであるとし本書では宗教は正面からとりあげられてはいない)。それでは死をどう対処するのが進化的に見て最も適応的なのかという問題については明確には論じられておらずやや不満の残るところである。
科学的知見を踏まえながら考察をすすめていく読み物として、知的刺激に満ちた一冊である。

ソウルダスト――〈意識〉という魅惑の幻想

ソウルダスト――〈意識〉という魅惑の幻想