『それをお金で買いますか』(マイケル・サンデル著、早川書房)を読む。
ハーバード白熱教室で有名になったサンデル教授による市場主義の問題を論じた本。まず序章に出てくる実例を読んで日本人の私は驚く。以下はお金で買えるのだ:刑務所の独房の格上げ、絶滅に瀕したクロサイを銃で仕留める権利、肥満からの減量、自分の体に広告を載せる、代理母による妊娠代行など。市場優先の功利主義的観点から効率性を論じるだけでは不十分だと著者は論じていく。例えば健康を促進する行動に対して対価を払ってそれをさらに進めようとすることに対して、著者はそれによって確かにインセンティブにより促進されるかもしれないが、ほのよりよい動機が締め出されるのではないかと反論する。自らの身体に対する配慮や敬意からなされる姿勢を損ねてしまう危険があるのだ。つきつめればそれは自分の自尊心を損ねてしまう。著者の反論は公正という観点からと腐敗という観点からなされるが、興味深いのは後者である。腐敗の議論は、善そのものの特性と善を律すべき規範に焦点を当てる。いかに公正な取引条件であったとしてもお金で買うべきでないものはあるのだと。市場はその大切な規範を締め出してしまうことがあると警鐘を鳴らす。神聖さをもった善なるものというものが特定の文化的状況においてうまれたローカルな産物なのか、人間に根深く宿っている本能的なものなのか、どちらの立場をとるかによっても著者に対する反応は違ってくるだろう。以前は特定の社会によって構成された善を構成員に押しつける危険があるのではと考えていたが、進化心理学行動経済学などの知見も考えると、人間には公正さと同時に腐敗を嫌う善なるもの、すなわち金では買えないと信じているものが普遍的にやどっているように思えてならない。だからこの行きすぎた市場主義という問題についてはサンデル教授の議論に頷いてしまう。

それをお金で買いますか――市場主義の限界

それをお金で買いますか――市場主義の限界