『居心地の悪い部屋』(岸本佐知子編訳、角川書店)を読む。
巻末に訳者が書いているように、「うっすら不安な気持ちになる小説」を集めた短編集。「どこかに行こうとして電車に乗るのだけれど、乗りまちがえて全然ちがう場所に着いてしまう」ような感覚を、それぞれの小説を読むことで読者は味わうことになる。何気なく送っている日常生活のあちらこちらに、存在すら知らなかった世界の扉が実はあって、その扉の内側を覗いてしまうと普段の日常が逆にどこか歪んで見えてしまう。どこがどう歪んでいるのかと説明しようとしてもできないもどかしさを覚えてしまう”居心地の悪さ”を楽しむという仕掛けを訳者は仕掛けている。書いてある意味はよく分かるのに、読んだ後も意味がよく分からない冒頭の『ヘベはジャリを殺す』、白昼夢を見たような気になる『あざ』、とらえどころのなさというものが本質である夢をそれとは正反対の性格の建築で語るという奇妙な『どう眠った?』、結末でおかしさと怖さを一緒に味あわされる『ささやき』が特に楽しめた。

居心地の悪い部屋

居心地の悪い部屋

『遺伝マインド』(安藤寿康著、有斐閣)を読む。
双生児研究で有名な著者が、長年にわたる双生児研究から人間の心理や行動、知能などについて遺伝的背景がどう関与しているのかを解説した本。タイトルの「遺伝マインド」とは、人間について考察する際に、つねに遺伝の影響があることを踏まえて考えようとする態度をいっている。冒頭で著者は遺伝マインドで世界と見ると、①遺伝現象は個々の「遺伝子」の単独プレイによるのではなく、多数の「遺伝子たち」の共同プレイによる減少であること、②遺伝現象は環境を介してあぶり出されてくること、③社会は多様な遺伝子たちによってつくられることの三点を挙げている。最初に遺伝子について概説し、実態としての遺伝子とその名称(世間でよく言われる○○の遺伝子という言い回し)について注意を喚起する。続いて一卵性と二卵性双生児間での共通性と差異を対照させながら遺伝と環境の影響について解説する。ここから①遺伝の影響はあらゆる側面に現れることを説明していくのだが、その冒頭で研究者には職人タイプと哲人タイプがあり、この分野では前者が多く、後者が少ないことを残念だとしており、これは遺伝の影響が大きいことが常々世間から誤解を受けやすいことも絡んで著者の複雑な気持ちの一端が垣間見える。最初の原則に加えて、②共有環境の影響はほとんどないこと、③非共有環境の影響が大きいことが説明される。知能指数の遺伝的影響もよく話題になるところだが、三段論法の遺伝要因については一般知能の遺伝要因そのものと見なしてよいほど一般因子の遺伝要因の偏差の多くを説明しているという。これに対してパーソナリティは認知能力のように一次元的ではなく、多次元的であるという。さらにある遺伝要因が特定の環境下で顕在化することについて、①環境の自由度が高いほど遺伝の影響が大きく現れること、②環境が厳しいほど遺伝の影響が強く現れるという一見矛盾している遺伝子と環境の交互作用について説明されている。この部分はなかなか面白い。後半は遺伝マインドからみた社会、教育について論評してあるが、最後の部分では遺伝子の設計改変について曖昧なままで終わっておりやや不消化な感じだった。これはさらに最低一章を追加しなければならない論点でもあり、きちんと論じて欲しかったところである。しかし全体としては職人肌らしい抑制のきいた筆致でていねいに書かれているという読後感だった。

遺伝マインド --遺伝子が織り成す行動と文化 (有斐閣Insight)

遺伝マインド --遺伝子が織り成す行動と文化 (有斐閣Insight)