短歌

紅を引くなまめかしさは雨のせい鏡の奥の静けさやよし 肌寒き雨の五月の週末の人恋しさを紅茶に溶かす飲み残す茶の澱ほどの思い出も残らぬものか時過ぎ去れば手に残る碗のぬくもりは雨の夜あなたがくれたやさしさに似る 褐色の湯に踊る茶葉眺めつつ昇天堕落…

幼き日海辺で語った冒険の帆は今いずこ日暮れは近しパンプスは脱いで明日へと翔びたとう飾りなき身で空どこまでも涙ふき束ねた髪を解きつつ万緑の野に身を染めていく涅槃へと至る眠りに肉体は色溶け空の骸となりぬ 戴冠の妃を真似し花の宴愛する王の口づけを…

失った文庫のように片隅で蘇り待つ記憶のページ永久(とわ)誓う愛の言葉の原石はやがて輝く宝石となる密やかに獲物を狙い夜を待つわれらはともに爪持つ族(うから)風に舞い命を運ぶ種子たちよ愛の言葉も彼へ届けて 『「余剰次元」と逆二乗則の破れ』(村田…

わが背(せな)で君が奏でた小夜曲は今も聞こえる春が来るたび欲望と理性の危なきモザイクのわが存在は誰を求める一晩の逢瀬は夢のごとく過ぎ息苦しさの残る翌朝抱擁とキスに偽りないならば二人の中で時間が止まる束縛の僕(しもべ)となりて背徳のくちづけ…

春祝いワイングラスに日曜の午後の光も満たし飲み干す恋をするレンズを通して見た君を私の海馬に定着させる服を脱ぎ鏡の中の隣人に恋打ち明けて夜は明けゆくレーテーの河行く舟に眠れども忘れがたきは君のくちづけまどろみの吐息は銀の蝶となり蜜の滴る汝が…

桜散り心も千々のモザイクへ乱れる恋の花は何処へ花びらは希望を乗せて東へと飛んでつながれまだ見ぬ友と襟元の花びらを取るふりをして手を伸ばすそのいたずらな目よまどろめば夢の河原に散る花は恋を織り込む帯と変わりぬひとひらの花びらほどのキスさえも…

永遠を静かに語るスピノザと花散る下で語り合いたい狂おしき闇の桜の眼差しはわが胸を刺し過去呼び戻すなつかしい声は桜の精ですか恋の迷いを聞いてください別れゆく人と人とのつながりの架け橋となれ桜吹雪よ闇に散る花一条に流れゆき思い連ねるロザリオと…

晴れ渡る空は静かな恩寵の光を満たすいのちの海に

わが胸に潮満ちゆきて眠る夜母に抱かれし海を求める花と咲けわが恋心行く末は乱れ散るとも悔やむことなし添い歩く足軽やかにしてくれる春色の靴一人で磨く朝ぼらけ春外套に包まれて一人さまよう桜迷宮七分咲き八分九分へと開きゆく桜は時の流れを語る 春嶺の…

さよならと最後の言葉を交わしつつ去りゆく人の笑顔に涙つむいた君の視線の先を追うわが視線には恋の彩り空青く桜は艶に微笑みてすずろ心にさせる春の陽移ろわぬ恋をください夜桜がはかなき夢と消えるとしても一晩の恋の宴を楽しめと桜は告げる酔いし二人に…

原乳は厩舎の溝に流れ落ち雌牛の漏らす鳴き声悲し蕾らは春の力をうちに秘め衣解く日をひたすらに待つ目に見えぬ放射線は空に満つ廃炉も近き発電所かなオーボエの音色悲しき春の雨被爆報じる紙面を濡らす狼の影に怖れて畜群は滅びの崖へと突き進むのか気まぐ…

『日本語の深層』(木村紀子著、平凡社新書)を読む。 太古の日本語に息づいていたその当時の人々の感性を探るエッセイ。各章は独立しているので、どこからでも読める。私が面白いと感じたのは第六章の「ねる(練る)」ということばの深層にある「ゆっくりと…

涼しげなよそ行き顔の君の鼻闇に紛れてあま噛み狙うくちづけのシニフィエ探し暗闇の中で貪る君のくちびる袖口のコロンの香りが恋を生む暗号みたいに私を誘う時来れば桜のように美しく命はめぐる愛あるかぎり

蓴生ふ池一面の命かなそばにいる私は君のそばにいる離れていても闇の中でも冷めやらぬガイアの怒りを吐くがごと余震は続く東の彼方見上げれば夜空に月の光満ち大地の傷を癒さんとす募金する子らが手にする銅貨には人が忘れた温もりがある瞼閉じ月光浴びて佇…

差し伸べる手があればこそ明日もまた立って歩める光求めてそれぞれの責務を果たし夜来れば静かに祈ろう明日を信じて静まりし春の波濤と向きあいていかなる歌を詠むべきなりや

困らせた君の空見る表情に甘えたくなる川縁の路危機の時こそ我を捨ててあしたへと生きる力を守っていこう愚かでも明日を信じる人間は世界に花を咲かす術もつ For a successful technology, reality must take precedence over public relations, for Nature …

『不可能、不確定、不完全』(J.D.スタイン、早川書房)を読む。 ある問題が解決できないこと、ある疑問に対して答えられないこととはどういうことかについて数学者の立場から例をあげながら述べていく本。ある問題が解決できない場合、一つにはそれが特定の…

忙しい朝ふと君の顔浮かぶG線上のアリアを聴くと

君を追い不毛の沙漠を渡るため渇きを癒す愛をください君といる範囲の中で恋実る実数解はあるのでしょうかわが恋の連続線は君が引く緋の接線とどこで出会うの今までの恋は遊びか真剣か自分に問いつつ春空を見る乳清を子豚は啜り小屋で啼くああ愛しそのいたい…

錯覚の科学』(C.チャブリス、D.シモンズ著、文藝春秋)を読む。 日常よく経験する思い違いや見間違いなど、罪のないものなら笑って済ませられるが、これが裁判や航空機の操縦、病気の診断だったらどうだろう。専門家の判断や熟練者による判断や直観的判断を…

『江戸の思想史』(田尻祐一郎著,中公新書)を読む。 江戸という時間と空間の中でどのような思想が展開されてきたのかを、著明な思想家の要点を紹介していく本。通読して感じたのは思想がそのときどきの世界情勢に影響されつつ変遷していくということである…

主のなき巣箱や空に雲一つ噂する恋がなくてもこの季節くしゃみくしゃみの花粉のいたずら放課後の音楽室でピアノ弾く指に異性をあの日感じた 世の中には噛みついても歯形もつかないような本もある。でもそんな本を噛み続けることが大切だと思っている。啜り込…

雛壇の澄まし顔なる二人からエールをもらう三月三日また会えた雛人形にこっそりと一年間の恋報告す雛祭り祝う仲間は三人の官女となるか恋を語りて雪洞の灯りは雛の横顔を浮き立たせつつ闇に浸み入る管楽の音なき五人の囃子聴き夜の祭りは静かに進む雛段を母…

会いたいの四文字だけを送信し君の答えを待つことにする雨の日の猫は眠りを貪りて恋の悩みを聞く耳持たず苦しさはいずれも同じことだから水にも恋にも溺れるという三月の光は行きつ戻りつでうららかまでは遠き道のり小雨降る弥生の闇はまだ深く木の芽は固く…

雨だれはやさしく傘を伝わって恵みの意味を手へと伝える雨粒に映える森羅万象に恋の行方も書かれているのかまだ暗き空より注ぐ雨粒にモナドの影と響きとをみる雨を聴くその透明な旋律に広がる宙(そら)のランドスケープ真鍮の杯に葡萄酒満たされて終わり迎…

突き抜けた悲しみに似た抱き合った後のからだの震えとは何君の目を想い出そうと早朝に少し苦めの紅茶を入れる蠍座の這う空ををみる朝帰り毒を含んだ女となるや君を刺す毒あらばいつ使う夜明けの街を彷徨い思う春という恋を生み出す怪物が闇夜の底にひっそり…

地の霊よ瓦礫の下の生命を長らえさせよ救い来るまで 大らかに翔ぶ飛行機を眺めつつ恋人想う春の空港日射し受けゆるり流れる川べりの上は桜に下は菜の花早春の深夜のバーで花開く恋の語りは尽きることなしカクテルを勧めた君の眼差しはいつしか甘い誘惑となり