錯覚の科学』(C.チャブリス、D.シモンズ著、文藝春秋)を読む。
 日常よく経験する思い違いや見間違いなど、罪のないものなら笑って済ませられるが、これが裁判や航空機の操縦、病気の診断だったらどうだろう。専門家の判断や熟練者による判断や直観的判断を私たちは尊重するがほんとうに正しいのだろうか。本書はこうした注意や記憶、知識、自信、知識についていかに私たちが誤りを犯しやすいか、そしてそれは脳の機能に基づく問題であることを指摘する。最後のところでは私たちが二つの事象の間に因果関係を想定しやすい存在であるかが示される。まさにカントが指摘したように因果関係は人間が世界を認識する形式なのだ。最近はやりの脳トレについても鋭くかつ冷静に批判的見解が述べられている。手軽に短時間であたまが良くなる方法など残念ながら”錯覚”であることをあらためて心に留めたい。

錯覚の科学

錯覚の科学

黒髪の春の女神は花に芽に命吹き込み空渡りゆく

黒き犬雨降る中を駆け抜ける記憶の靄を抜けて明日へ

路地裏に入り迷おうひとときの異次元の旅楽しむために

飲み干したシャンパングラスに雨を受け春よ来たれと呪文をかける

雨粒に映る世界に球形の忘れ去られた廃墟が宿る

賢しらな知は流し去り春を待つ息吹に今は耳を澄ませよ

きまぐれな春のリズムにのせて織る紙飛行機よ飛べ軛を捨てて