大腸菌』(K.ジンマー著、NHK出版)を読む。
表題のとおり、この本の主人公は大腸菌・・・一つの名前でこう呼ばれるけれど本書の中でE.コリ君が見せる顔は実に時間的にも空間的にも幅広い。遡ればE.コリの祖先とサルモネラの祖先が分岐したのは恐竜が栄えていた時代であり、将来E.コリは様々な遺伝子操作によって新たな顔を見せそうだ。また私たちの大腸でミクロな活動を営んでいる一方で宇宙空間へ進出する可能性まで考えられる。本書の前半はE.コリの分子生物学における貢献や代謝経路のロバストネスを生み出すノイズ除去回路のことなどが取り上げられ、大腸菌にも「個性」があるということが紹介される。これは後半での進化の話題に繋がる興味深いところである。本書で一番面白かったのは第6章の大腸菌と進化を取り上げたところ。薬剤に対する耐性獲得が自然淘汰のメカニズムで説明できることやバイオフィルム形成やコリシンという毒素産生という利他主義的側面との関連が説明される。E.コリの進化において自然淘汰のほか、遺伝子の水平伝搬の関与もあり、これについては、従来考えられていたよりも頻繁に起こる現象であるという。著者はこうしたことから自然界の多様性については境界は曖昧なものだとしており、ヒトもけっしてその例外ではないという。こうしたところに著者の生命観を垣間見ることができる。大腸菌の起源を巡る話題のところでは、インテリジェント・デザインをめぐる論争にE.コリ(の鞭毛)もかり出されたことが紹介されている。進化という切り口で一つの細菌についてここまで面白く語れるという好著。

大腸菌 〜進化のカギを握るミクロな生命体

大腸菌 〜進化のカギを握るミクロな生命体