『利他的な遺伝子』(柳澤嘉一郎著、筑摩選書)を読む。
人が自分を犠牲にする、自分の利益を省みない行動をとるのは何故なのかという問いに対して遺伝学者である著者の考えを平易に述べた一冊。冒頭にアーミッシュの子どもが暴漢に対してとった自己犠牲的行動を紹介する。つづいて人の性格や行動がどの程度それぞれ環境と遺伝によって規定されているかを考察する。前に読んだ『頭のでき』と比べると遺伝の方を重視しているが、環境による変更も認めている。読み進めていくと人の社会性の形成には環境が重要であり、そこから利他性が育まれるという。最後になって利他的な行動の遺伝的基盤は母性本能を規定する遺伝子に由来したものであろうと推察している。この進化については遺伝子重複が起こった後、その中から新たな機能をもつ遺伝子が生じたのではないかと述べている。面白い着眼であるが、そうした機能が強く働きすぎると結局自分の遺伝子を残す前に利他的行動で死んでしまいかねない。冒頭のような子どもの行動は特定の環境下でその遺伝子が強く作用しすぎてしまった逸脱的な例ということになるのだろうか。利他的な遺伝子があるとすればその進化には個体が属する社会環境によって淘汰圧が異なることになるだろう。
全体的にエッセイ風に書かれている。マイクロキメリズムに対する著者の感想もそういう感じ。いちいち文献は明示されていない。こういう構成であれば、むしろ新書がふさわしいのではないかと感じる。叢書として売るのなら、それなりの参考文献を巻末につけるなどもう少し濃い味にしてもよいのではと感じた。

利他的な遺伝子 ヒトにモラルはあるか (筑摩選書)

利他的な遺伝子 ヒトにモラルはあるか (筑摩選書)