『モラルの起源』(クリストファー・ボーム著、白揚社)を読む。
ヒトの道徳観がどのように進化してきたのかを考察する本を昨年末から読みました。著者は文化人類学が専門で、ヒトの利他性がどのように進化したのかについて独自の仮説を提唱しています。血縁のある者どうしでの利他性は自分の遺伝子を残す確率を増やす利益があることで説明ができますが、まったく血縁のない者を私たちヒトはどうして助けるのか。コストを少なくして利得を大きくするためには、協力はせずにただ乗りするのが一番のはずで、そうしたこずるい個体より利他性のある個体がどうして生き延びられたのかということについて、著者はこうしたフリーライダーよりも暴君的に振る舞い利益を独占する者こそが集団でもっとも問題になる裏切り者だといいます。こうした暴君は下位の者たちによって排除されてしまうので、結果的に自らの潜在的な攻撃性を環境に応じて柔軟に制御できる個体が生き延びられるようになるのだというわけです。その前提としてわたしたちは狩猟生活を営んでいるときから平等主義的傾向が遺伝的に組み込まれているのです。平等主義については著者は更新世後期タイプ(late pleistocene appropriate)の狩猟社会の事例を紹介します。こうして自らの攻撃性を適宜抑制しながら利他性を発揮する集団が選択されたということです。こそこそとただ乗りする戦略より他人と協力して暴君を排除する戦略の方が進化的にどういう条件の時に有利になるのかが明らかにされていないことと、そうした集団が他の集団より有利になるという群選択に結びつくのか明らかでないところが議論の余地のあるところだと思いますが、集団の平等主義とそれによる暴君の排除とそれに対するフリーライダーの戦略で利他性が、ひいては道徳の進化につながったという仮説はとても面白いと感じました。私たちが許されざる罪に対して死をもって応報するという制度を長らく維持していることもこうした進化的理由があるのかもしれません。死刑制度や集団の安全保障を考える上でも広い射程をもった仮説だと思いました。似たような題名ですが、ボーム著の『道徳の起源』が最近出版されたので、これも読んでみようと思います。

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか