『低地』(ジュンパ・ラヒリ著、新潮社)を読む。
同じクレストブックスで『停電の夜に』を読んでから私がお気に入りになった作家の長編小説です。カルカッタ郊外生まれの兄弟スバシュとウダヤンがゴルフクラブに忍び込む場面から物語は始まります。長じて二人とも高校で、光学、力学を学び、弟のウダヤンは物理を、兄のスバシュは化学工学を専攻します。しかし折しも共産勢力の武装蜂起が起き、治安当局と対立する状況になり、活動に加担していた弟は警察から家族が見ている前で射殺されます。残された弟の妻ガウリを伴い、兄はアメリカへと旅立ち二人は夫婦となりますが、結局破綻し、妻は弟とのあいだにもうけた娘を残し姿を消します。愛する者の不慮の死によって変えられた三人が歩むそれぞれの生がときに寄り添い、ときに離反し描かれ、それぞれが捨てざるを得なかったものを抱えつつ生きていく姿がとても印象的です。小説の表題は、主人公たちの土地にあった湿地帯を指していますが、ラヒリの小説の登場人物はある場所に繋がれているという特徴があり、それが小説の厚みを増しているように思われます。終盤は読み終えるのが惜しくて毎日少しずつ読み、ついに読み終えたときの深い余韻は期待に違わず心地よい作品でした。

低地 (Shinchosha CREST BOOKS)

低地 (Shinchosha CREST BOOKS)

『遺伝子が語る生命38億年の謎』(国立遺伝学研究所編、悠書館)
分子生物学、遺伝学などの最先端の話題を取り上げ、平易に解説した本です。5部構成で、1生物進化、2人類進化、3ゲノム、4細胞と染色体、5発生と脳という中にそれぞれ3〜5つの章が含まれています。興味深かったのは、第3章の多細胞動物の起源の謎 (多細胞動物のボディプランの進化をカイメン動物や平板動物を元にしてどのように考えるかを考察)、第5章の多様性を生みだす進化の謎(新たな性染色体の生成から新種が誕生する仮説の解説)、第11章 行動遺伝の謎(行動の遺伝についてマウスを用いてどのようにするかの解説)、第15章細胞の建築デザインんの謎(細胞におけるテンセグリティ構造とは何かについての説明)などです。各章すべてその話題で一冊の本ができるトピックスなので、その序章を集めたものという感じの本です。