『 協力と罰の生物学』(大槻久著、岩波科学ライブラリー)を読む。
私たちの身の回りのさまざまな異なる生物に見られる協力と罰というシステムにはどのうようなものがあり、それらが進化してきた仕組みについて解説した本です。協力と罰というシステムを採用することで子孫を少しでも多く残すことで進化してきた生物の例として、台所のぬめりの原因となっているバクテリアやキロタマホコリカビ、チスイコウモリ、ミーアキャットなどの個体の間どうしでの協力や異種間での協力の例が冒頭であげられます。そしてこうした協力のシステムには必ずただ乗り(フリーライダー)が出てくる可能性があり、出てくれば協力のシステムが崩壊してしまうという、ダーウィンを悩ませた問題を指摘します。その難問を説明する理論としてハミルトンの血縁淘汰理論、さらにトリヴァースの直接互恵性の理論が紹介されます。直接互恵性の理論は、血縁を必要としないこと、助ける側の負担は軽く助けられる側の利得が大きいこと、フリーライダー抑止のメカニズムがこのシステム進化には備わっていることが簡潔にまとめられています。そこでフリーライダーに与えられる罰について大腸菌からミーアキャットまで例をあげながら説明されます。罰には検知と報復の仕組みがあるのですが、ここであげられている生物の例は実に興味深いものです。最終章ではヒトにおける協力と罰のシステムについて血縁と直接および間接互恵性の仕組みが考えられることを述べ、特にフリーライダーを検知する能力に長けていることを指摘します。比較的小集団で生活してきた私たちの祖先の生活が色濃く反映されているのでしょうか。ゲームを使ったさまざまな実験から、私たちには「他者からの罰を警戒し協力率を上げてしまう傾向」と「罰を与えてもその人自身にとって何の利益にもならないことをわかっているにもかかわらず、他者を罰してしまう傾向」があるのです。ただ懲罰については文化間の差異もあり、どのうような集団生活を営むかによって変化しうるようです。最近の脳科学の結果から罰は報酬による快感を生み出すことも分かってきているようです。この快感を生む傾向に性差があるのか、気になるところです。ボスである雄を頂点にした集団であるのか、母系の小集団が集まって生活する集団なのかによって変わるような気もします。私たちに否応なく刻印された倫理の淵源をよく知ることで不必要な恨みを生むことのない協力と罰のシステムが生まれればと思います。
要点をはずさず簡潔にまとまっているとてもいい本だと思います。

協力と罰の生物学 (岩波科学ライブラリー)

協力と罰の生物学 (岩波科学ライブラリー)