『進化の弟子』(キム・ステレルニー著、勁草書房)を読む。
 人間の進化、特に人間独特の認知機能の進化において何が重要であり、どのように進化したのかという問いに対して、遺伝的な基盤に基づきつつも学習、協力といった社会的環境の重要性を説いています。特にその認知機能を高める上で環境を改変し、その結果さらに適応的な認知が形成されるという正のフィードバックを強調しています。立ち位置としては、生得的な機構よりも経験主義に重点を置いており、その中で本書の題名にもなっている師匠と弟子apprenticeとの間での情報交換の重要性を説明します。しかし同時に進化の過程で鍵革新という決定打というものはなく、複数の要因がそれぞれに役割を持っていたと述べています。有名なおばあちゃん仮説などはこの中で論駁されています。また、遺伝的基盤が存在することは認めつつも、配線済みのモジュールではこれに対応はできないと論じています。併せて人間の道徳的判断についても、言語とは同列には論じられないとしています。人間が人間たるその本性を考察する上で、学習と協力そしてそれによる環境の改変の重要性は強調してもしすぎることはないと思いますが、それがモジュール方式ではまったくダメなのか疑問の余地は残ります。システムが作り上げられていく過程で、複数のモジュールが集合してより柔軟な機構ができあがっていくという可能性はもちろんありますし、その方が他のまったく別な機構を作るよりも(試行錯誤はあるにしても)進化的にはやりやすいのではないかと考えられるからです。でも人間性の進化において鍵革命たる変革で事足れりということはなく、複数の要因が関与しているという説明は説得力があると感じました。

進化の弟子: ヒトは学んで人になった (ジャン・ニコ講義セレクション)

進化の弟子: ヒトは学んで人になった (ジャン・ニコ講義セレクション)