『殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?』(P.シーブライト著、みすず書房)を読む。
なんとも刺激的な表題ですが、原題は『他人どうしの社会 経済的生活の自然史』です。「サル」ということが掲げられているように、私たちホモ・サピエンス・サピエンスが進化の中でどのようにして今日の社会、経済システムを作り上げることができたのかという視点が込められています。しかしこうしたシステムができあがったのはたかだかこの一万年のことです。自己の利益を最大化するという打算的傾向に加えて、他者を信頼することという生物学的傾向があったことで、殺人ザルはその一歩を歩みだしたにしても、人類の文明が可能になったのはそこから生み出された「視野狭窄的な」分業システムであったことを著者は論じます。原題にもあるように私たちは、近縁者だけではなく見ず知らずの他人とも協力することができますが、その基盤は脆弱さも同時に孕んでいて、現代のさまざまな経済的、国家的問題の原因にもなっています。人間という生物の進化という点に目をくばりつつ、同時に人為的に構築されたシステムの長所と短所をおさえて社会制度を論じる著者の論旨は明快かつ説得力があり、序文でデネットが最大の賛辞を贈っているのも頷けます。
私たちが誇っている文化的能力は、けっして現代の分業が”有益だったから”発達したわけではなく、あくまで場当たり的な実験であったと著者は強調します。この場当たり的で壮大な実験の末路に明るい未来はあるのでしょうか? 
進化の問題にあまりなじみがない読者は、著者と問題意識を共有しながら読み進めるためには、序章の次に第18章の結論を読んでからとりかかるのがいいかもしれません。
早くも今年のベスト本登場といった感を強くしました。

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学

殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?―― ヒトの進化からみた経済学