『宇宙が始まる前には何があったのか?』(ローレンス・クラウス著、文藝春秋)を読む。
本書は最近二十年間の宇宙論についての進歩を解説し、今宇宙のどのようなことまでが明らかになっているのかを教えてくれますが、それ以上に著者の科学者としての姿勢が鮮明に出ており好感の持てる本です。それは宇宙の誕生というだれもが疑問に思うことについて、科学は宗教とは異なりきちんと地に足がついた営みによってこの問いに答えうることが随所に強調されていることからもじゅうぶん窺えます。「なぜ何もないのではなく、何かが存在するのか」という謎に対して、「何もない」状態が(物理学的に)不安定だからという答えを十分理解できるわけではありませんが、私たちの常識は宇宙の起源を推し量るにはあまりにも無力であり、当然のことながら常識から宇宙が生まれるわけではないのです。本書の後半では、著者は未来の宇宙についても語ります。それは二兆年後という気が遠くなる未来のことですが、このときの宇宙においては未来の物理学者は、現在の物理学者が得られるようなデータは理論上得られないというのです。なぜなら宇宙の進化で私たちは空の空間のエネルギー密度が物質のエネルギー密度と同程度である観測上都合のいい時代に偶然にも存在しているからです。このことから人間原理マルチバースの話題も展開していきますが、最終的には物理学が「環境科学」になってしまうかもしれない”懸念”も表明されます。それは究極の原理を極める物理学にとってはちょっと哀しいことですが、巻末のインタビューで、著者はそれでも神のいる世界よりはましだと断言しています。反神論の著者の”信仰告白”といった趣がありますが、こういうのがほんとうの勇気だと私は感じました。あとがきでは同じく反神論者のドーキンスがエールを贈っています。

宇宙が始まる前には何があったのか?

宇宙が始まる前には何があったのか?