『死と神秘と夢のボーダーライン』(K.ネルソン、インターシフト)を読む。
臨死体験とは何かを医学的に考察していく本。邦題には“神秘”という言葉があるので、死後の世界などをあつかったトンデモ本と誤解されるおそれがあるかもしれないが、死後の世界を経験したという人々の語る言葉から臨死状態に起きる生物学的現象(血液中の酸素分圧および血圧の低下、血液中の二酸化炭素分圧の上昇、脳内のエンドルフィンなどの作用)からそれがどいうことを表しているのかを著者は考察する。脳への血流が低下し酸素の供給が低下すれば、視野が狭窄しちょうどトンネルの向こうに光を見るような感覚が生じるであろうし、空間認識に関わる側頭頭頂接合部に異常が生じると、自分を中心とした位置情報がかく乱され、自分の体位、触覚、重力の感覚を統合することができなくなり、あたかも肉体を離脱したような感覚が生じるであろう。さらに著者は、覚醒状態と夢をみている状態の区別が曖昧になり、レム睡眠の状態で脳幹部が活発に活動していると明晰夢をみることになり、神秘体験をしながらかつそれをありありと意識するという臨死状態の体験をつくりだすのだろうと推論している。これが邦題となっている状態である。こうして科学的な考察を加えると、霊的な世界を体験するという一見高次な状態も実は、人間よりも脳神経系の発達していない脊椎動物も有する辺縁系や脳幹の機能がより重要ではないかと思えている。まさに死なんとするとき、人間だけではなく犬や猫などもそんな経験をするのかも知れない。本書は特段霊的経験を貶めているわけでもなく、宗教をそれゆえに排撃するような論調でもない。しかしそういう特異な体験も脳という物質が生み出すものであるということである。そしてそういう貴重な体験をした人はまったく異常ではないのである。