『生命起源論の科学哲学』(クリストフ・マラテール著、みすず書房)を読む。
非生命と生命の間には架橋しがたい溝があるのか。あるとすれば非生命から生命の誕生は”創発”と呼ばれる現象なのか。古くから論争されてきた問題に対して、最近の科学的知見もレビューしつつ、この論争で問題となる「創発」という概念を精緻化することに取り組んだ本。最初は生命の定義を通覧したあと、「構成成分を産生する自分自身の内部的な過程と、外部のエネルギーや物質の利用によって、自立的に維持するシステムである」という定義により議論をすすめることを宣言する。次いで生命の起源論について紹介するが、不明なことが多いので決定的なことは分からないとした上で、創発についての歴史を振り返り、いよいよ第5章から本格的な創発の哲学的概念が検討される。共時的創発と通時的な創発、認識論的および存在論的側面があるとした上で、3種類の創発の定義(ブロード、論理実証主義、機能的非還元論)が検討される。第6章では「水が透明である」という性質が創発であるのかどうかということをめぐり、検討する場での条件を明確にしながら演繹的・法則的モデル、因果的・力学的モデル、プラグマティズム的モデルを比較検討し、プラグマティズム的モデルが適していることを述べる。第7章ではそれをさらに詳細に定式化していく。この部分はかなりフォローするのがつらいところだが、「説明するということ」の哲学的議論でもあり本書の肝の部分だ。その後生命が創発的であるかの検討に入るのだが、部分的には創発的でもあり、創発的でもなくという結論でやや歯切れが悪い感は否めない。もともと生命の起源自体が詳らかにされていない問題でもあるので、しかたのないところであろう。本書が論じられる過程からすれば、その謙抑的な結論(科学が進歩すれば還元論的に説明でき、創発は解消されるだろう)はむしろ好ましいともいえる。結論だけを読むとなんだということになるかもしれないが、本書は筆者の論述を追いつつ考え方の過程を楽しむところがたいせつであるという点でまさにいい哲学書である。
関連する本:『生命の跳躍』(みすず書房)『生命とは何か』(東京大学出版会

生命起源論の科学哲学―― 創発か、還元的説明か

生命起源論の科学哲学―― 創発か、還元的説明か