『最悪のシナリオ』(キャス・サンスティーン著、みすず書房)を読む。
テロや地球温暖化による気候変動などのリスクをどう評価し、どのような対策をとっておくべきなのかについて、まず人が示す反応について理解し、次に低確率の災害リスクを伴う状況についてどうしたらより賢明に対応できるのかを検討する。そしてこうした問題に対する費用便益分析の応用と限界について検討している。まず人間は悪い結果を想起しやすいかどうかによって直感的な応答が変わる(想起容易性バイアス)ことを指摘し、これに感情が絡むときわめて低い確率の危険を確実視してしまうような態度をとることがあることを指摘する。そのため予防措置に伴う負担を無視して過度の予防策をとったり、逆に予防措置の負担を懸念して最悪のシナリオを無視したりすることもある。一般的には悪い結果の発生確率が推定できる場合にはそれに対するセーフティ・マージンを設ける処置をとることがしやすいが、確率が特定できない場合が問題となる。ここでは予防原則を適用するにあたり、最悪の結果が一番ましな方法を選択するというマキシミン原則を慎重に考慮していくこを述べている。予防原則を適応するにあたっても当然コストはかかるし、それが莫大な負担であれば現在の世代のみならず将来世代にとっても負担となりうることを著者は議論をすすめる。直面するリスクに動揺してむやみに過大な予防原則をとることでかえって損失を招かないよう政策担当者はじゅうぶん考慮するべきだろう。第5章以降で費用便益と予防原則についての異なる三者の論点を紹介しつつ、著者は両者を両立させる立場、すなわち一定の条件付での予防原則の適応を支持する立場を示している。ここの議論は大変参考になる。
甚大な地震災害と原発事故を経験したわが国にとって将来起こるかも知れない最悪のシナリオにどう対処するかを考える際、著者の冷静な議論が紹介されたことは時宜を得たことだと評価したい。
訳者は2010年のエコノミストが選ぶ経済図書ベスト10の1位に選ばれた『競争の作法』(ちくま新書)の著者。
関連する本:『原発危機の経済学』(齊藤誠著、日本評論社)『意思決定理論入門』(NTT出版

最悪のシナリオ―― 巨大リスクにどこまで備えるのか

最悪のシナリオ―― 巨大リスクにどこまで備えるのか