『孤独の科学』(J.T.カシオポ&W.パトリック著、河出書房新社)を読む。
孤独とはもちろん、単に独りでいることではなく、自分が一人きりだと感じていることだが、このつらさは身体的な痛みを感じる情動反応と同じ脳の部位が感じているという。著者は、孤独が1)社会的な断絶に対する弱さ、2)孤立に関係する情動を自己調節する能力、3)他者についての心的表象、予期、推論の三要素により影響されることを指摘し、孤独感を感じることが進化心理学的にみても集団として生きざるを得ない人間にとって意味があると述べる。だが、現代社会のように孤独のストレスが慢性化し悪循環に陥ると様々な健康障害を引き起こすことをデータを示しながら警告する。孤独感が強いと脂肪の摂取カロリーが増えるというデータもあるとは驚きだ。それだけではなく孤独感に苛まれていると自己制御の感覚が鈍り、消極的な対応をしがちになるという。勝手気ままな衝動をうまく制御することは成長過程に重要なことであるが、孤独感はそうした能力を弱め、敵意や不安をかき立て、正常な対人的応答がうまくできなくなったりするという。ネットでみられる些細なことに過剰に攻撃的に反応する人たちはもしかすると孤立によって正常な自己制御ができなくなっている人々なのかもしれない。逆に周囲との良好なつながりを維持している人は身体的、精神的にも健康であり、その人の幸福感も増進するようだ。著者は孤独感に苦しむときには、まず相手の好反応を期待することなく、他人に手を差し伸べてみることを勧めている。これは古代の処世術にも通じるところがあるが、これが的を得たことであるのは人間がとりもなおさず社会的動物であるという進化的な基盤をまさしく示しているのだろう。著者は宗教的儀式に参加する人ではしない人にくらべてより健康であるという調査結果を示している。宗教を蛇蝎の如く攻撃する進化学者もいるが、血縁関係のない他者との絆を生み出し集団の結束を強化することに進化的意義もあるのかもしれない。生物学と社会心理学、進化学の知見をうまく織り交ぜながら人と人との絆の意味を考えさせてくれる点で、今の日本で読まれるべき本の一つであろう。

孤独の科学---人はなぜ寂しくなるのか

孤独の科学---人はなぜ寂しくなるのか