『快感回路』(D.J.リンデン著、河出書房新社)を読む。
一般に報酬系と呼ばれる脳内システムについて、最新の知見を紹介しながら解説してくれる本。冒頭でこの回路の基本的解剖が解説される。腹側被蓋野(VTA)ニューロン側坐核をはじめ、扁桃体、前帯状皮質、背側線条体、海馬、前頭前皮質に投射し、ドーパミンを放出する。VTA自体は内側前脳束から興奮性ニューロンの、側坐核から抑制性ニューロンの投射を受ける。向精神薬をはじめとする様々な薬物はVTAの投射先領域でドーパミンの作用を高める。この快感回路を強く活性化する薬物(ヘロイン、コカイン、アンフェタミンなど)は依存症のリスクが強く、それほど活性化しない薬物(アルコール、大麻など)は依存症のリスクが比較的小さく、活性化しない薬物(LSD、メスカリン、SSRIなど)は依存症のリスクが無視しうる。しかし歴史的には様々な社会で許容される薬物、禁止される薬物はそうした薬理学とは相関がない。将来多幸感をもたらすが、依存性がない薬物ができたときにどうするかという倫理的問題も著者は最終章で提起している。というのもこうした快感を引き起こすものは薬物に限らず、摂食、セックス、、スポーツ、ギャンブルをはじめ快感とは直接無関係な刺激(知的情報、観念)でも起きるからである。これについては、第5章でサルを使ったシュルツの実験が紹介され、予測した報酬と実際の報酬の誤差がドーパミンニューロンの反応に影響を与えることが示される。どうもサルや私たちは報酬の不確実性で快感を得られるようだ。また情報そのものが快感をもたらすという実験については第6章で紹介されており、観念や知識も依存性薬物に似たところがあるという。読書癖も立派な依存症なのだ。
 ギャンブルなどの依存症の人は、依存症でない人ならば簡単に到達する快感レベルに達しにくい(ドーパミン機能が鈍感になっている)ため発症することが説明される。しかも施行が失敗した場合(ギャンブルなどではずれたとき)、自分で操作する主体性が与えられている場合の方が行動を維持させる力が強いという。負けがこむほどのめりこみやすいというわけだ。
 興味深かったのは、快の反対は苦ではなく無関心であることで、快と苦はともにその経験が注意を向けるに値する経験だということを脳に教えるものということだ。VTA回路には二種類の回路があり、快で活性化され苦で抑制される回路と、快でも苦でも活性化され情動と強く関連する回路があるという。苦しくても気持ちいいという経験(マゾヒズムもこれに入る)はこういうところに基盤があるらしい。まあヒトの脳はかなり柔軟に環境に適応して学習する能力があり、あらゆるものに快感を感じることができるようになっているということらしい。
 それにしても脳スキャンなどによる実験はここまでするのかというものまで紹介されており驚いた(同性愛者と異性愛者での脳の反応の違い、オーガズム時の脳の反応)。そんなところを著者は「オーガズム中の脳をスキャンするのは技術的にかなり難しい」とさらりと書きつつ手法を述べるくだりは苦笑してしまう。
 最新の知見が紹介されており、”快感回路”を間違いなく刺激してくれる本である。

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか