『大気を変える錬金術』(T.ヘイガー著、みすず書房)を読む。
「水と空気と石炭からパンを作る方法」といわれたアンモニア合成法(ハーバー・ボッシュ法)を開発した二人の化学者フリッツ・ハーバーカール・ボッシュの人生を描きながら、当時の社会情勢がいかに科学技術の開発、運用に影響を及ぼしたかを語る本。二人ともノーベル化学賞を受賞した偉大な科学者であり、当時のドイツで二級市民とされたユダヤ人であったが、外向的なハーバーはドイツ人以上に国家に貢献することを目指し、第一次世界大戦での毒ガス開発にまで手を染める。一方内向的なボッシュはひたすら工場拡大につとめ、それは爆薬に必要な硝酸塩の増産へと結びつく。その後ハーバーはナチスに協力し、ボッシュナチスに反抗することで戦乱を生き抜こうとするが、ユダヤ人であることでともに辛酸をなめる。
人類が天然資源として手にすることができる硝石には限界があり、農作物の増産のため当時それをめぐって戦争が起きており、肥料の増産のため代替手段が喫緊の課題であったことから始まるこの科学技術開発ドラマは二人の科学者の光と影を描くとともに、科学技術がその時代の政治や経済に強く影響されることを読者に強く印象づける。現代でも石油を巡る戦争や核関連技術の平和利用、クリーンエネルギー開発などの問題があり、二人が生きた時代と非常に似た状況に生きる私たちにとって是非知っておきたい歴史である。
社会的には地位も名誉もあったハーバーが家庭的には妻とうまくいかず、最初の妻クララ(彼女も有能な科学者でありながら家庭に束縛されることを夫に強いられた)が自殺したエピソードが紹介されていた。女性であり科学者であるクララの視点から当時の社会を描くとどうなるのか興味あると感じた。
『スパイス、爆薬、医薬品』を読んだときに紹介されていたアンモニア合成のことに興味があり読んでみたが、非常に面白かった。毒ガスについては同じみすず書房から『神経ガス戦争の世界史』が刊行されている。これも面白そう。

大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀

大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀