『複雑で単純な世界』(ニール・ジョンソン著、インターシフト)を読む。
複雑性科学について一般読者向けに平易な例を用いて解説し、その応用範囲の幅広さを解説した本。冒頭で複雑系という系の条件として(1)系内に相互作用する多数の要素(エージェント)を含む、(2)構成要素がフィードバックの栄養を受ける、(3)要素が過去の結果により戦略を変更する、(4)開放系である、(5)フィードバックの影響下で適応していく、(6)創発現象が見られる、(7)創発現象が全体を制御する中心的存在なしで起きる、(8)秩序な挙動と無秩序な挙動の複雑な組み合わせを示す、の8つの条件を確認する。次いでカオスとフラクタルについて書類棚への書類の整理を例にとりながら解説する。話はここからで現実世界の複雑系の挙動がはるかに複雑なのは、(1)構成する要素がはるかに多数であること、(2)現実の複雑系は外部の助けなく秩序と無秩序状態を行き来すること(この移動を可能にしている仕組みこそが複雑さの要だ)、(3)時間経過で要素が同一の規則を繰り返し適用するようなものではないことによるといい、完全な秩序と完全な無秩序のあいだに世界の普遍的なパターンがあると指摘する。この点は興味深い。歴史的にも創発的な現象に普遍的性質が宿るという点に、人類がそこに”神の意志”を見いだしてきたのではないかと思うからだ。本書ではこうした複雑系が経済活動や生態系でどのように現れるのかを後半で解説している。どちらにおいても集団中の要素が限られた資源をめぐって競争、相互作用をしており、得られた情報によるフィードバックで進化していく。ここで面白いのは情報の真偽よりもどの要素も同じフィードバックを受け取るという状況があると、その系がまるで「見えざる手」に制御されているかのように見えるという点だ。競争をつうじて自己組織化された制御が可能となり、変動にうまく対処できるようになるというのは経済でいえばハイエクが唱えたことではなかったか。系の挙動は秩序と無秩序の間を変化する仕方は複雑で経時的に変化するため将来の予測は非常に困難だが、一定の状況では予測可能となる特定の点(予測可能ポケット)が現れること、そして系の要素をすべて知り尽くしていなくても(すなわち還元主義的方法でなくても)タイミングさえ誤らなければ系を調整することができるという知見も興味深い。この点は現実の世界で経済政策を打ち出す際の特に重要な指摘だろう。続いて動的ネットワークについての話題へと移る。ネットワークではフィードバックが空間の異なる場所からもたらされ、社会的なネットワークの中で誰といつ繋がって(あるいは切れて)いるかということ、それによってもたらされる情報量が違ってくることが著者は金融市場の複雑性を研究していることもあり、それについて1章があてられているが、私は金融市場のことより別章の理想のパートナーと出会うということも複雑系ネットワークの一例として解析でき、出逢いの過程と放射性元素の崩壊過程の共通性のほうが面白かった。またネットワークで繋がる数についても集団の要素数によってはつながりを増やせばいいというものではないということも示唆的だった。さらに話題は戦争やテロ、がん細胞の増殖、量子の絡み合いなど多岐に及び、読者をあきさせない。全体を通じて数式は使われずに解説され、読みやすく作られている。さらに情報を得るための文献も紹介されているが、強いて言えば、巻末に数式を用いた簡単なコメントがあればなおいいかと感じた。

複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する

複雑で単純な世界: 不確実なできごとを複雑系で予測する