『旅の冒険』(マルセル・ブリヨン著、未知谷)を読む。
ダ・ヴィンチミケランジェロマキャヴェリレンブラントゲーテモーツァルトなどの伝記作品を残して作家の幻想小説短編集。 本書は1942年発刊の小説集から五編を選んで訳出されたものということなので、約70年前の作品群ということになる。表題作は火山地帯を旅する旅人が途中で出会ったジプシーから聞かされる物語をきっかけに始まる奇譚であり、他の作品も旅が関係している。旅という経過を通じて未知の世界へ入っていくことで不思議な物語が展開していくのだが、その「別世界なるものは、未知の、不安をそそる、恐るべき世界であって、たんにわたしたちの世界とたがいに隣接しているばかりではなく、奇異な飛び地を所有していて、わたしたち地震の領土に奇怪な仕方で越境してくる」(『なくなった通り』)ものなのである。そこでは現実という「石でできた風景はすでに崩れつつあり、そして埃と霧とからなる数々の小さい雪崩のあいだを、虚無のなかへと流れ込」(『旅の冒険』)んでいく。主人公が迷い込む場所ー「われとわが尻尾を牙のあいだにしっかりとくわえ込むことで、自己完結した永遠に生きる蛇〔ウロボロス〕」(『深更の途中下車』)ーへと読者である私たちもついていくことで幻想旅行を愉しむことができる。

旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集

旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集