『魂の変容』(中畑正志著、岩波書店)を読む。
心のはたらきについての諸概念の成立や変遷の過程を丹念に辿りながら、内なる心という概念がどのようにして形成されたかを「オブジェクト(対象)」、「感情」、「ファンタシアー(想像力)」、「志向性」というキーワードを手がかりに論じていく。〈思惟するもの〉としての精神を身体から切り離したデカルトからアリストテレスへの魂の概念へと遡り、心的活動も生命のはたらきのひとつの発言形態であるという考え方が述べられる。〈生きる〉という営みを基本にして心的活動を理解する視点は、デカルト以降の心の内在的視点とは別の視点への転回であり、それが上のキーワードをめぐって論じられる過程はじつにスリリングである。
 ファンタシアーの章では、アリストテレスによれば想像力とは感覚知覚から独立に現実とは異なる状況を描くような能動的・自律的なはたらきではなく、「知覚経験という世界の理解のあり方の一つの局面を表す」ものであり、「世界内のある一つの実在は、他の-現在の、そして過去と未来の-同様の実在に関係づけられうるという、普遍化可能性を孕みながら現れる」という。
 最終章の「志向性」のところでは、言語の志向性が心の志向性を形成するとう見方をアリストテレスの洞察が提供してくれることが述べられ非常に刺激的である。

われわれが何かを信ずるということは、それが真理指向的であるとともに世界関与的であること、それに照らして真と偽が判別されるべき世界の存在を受け入れることを含意していた。だが、それは〈私〉と〈世界〉という二項だけが直接向き合うような関係ではない。世界は奥行きをもつ。真理指向的で世界関与的な信念や判断をもつことは、私と同じくその世界と向き合っている存在としての他者を承認しているのである。そのような三者の関係を構成するのが言語(ロゴス)のはたらきである。人間が言語をもつとは、そこにおいて真偽が成立し問われる場としての、すなわちそのような最小限の意味での(外的)世界と、その外的世界を共有しつつ交渉する他者の存在とを承認することを含意するのだ。

魂の変容――心的基礎概念の歴史的構成

魂の変容――心的基礎概念の歴史的構成