ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー著、早川書房)を読む。
ハードボイルドの古典を村上春樹訳で読んだ。ミステリーはあまり読まないし、ハードボイルドとなるとなおさらなのだけど、村上春樹が訳しているのと、先に読んだ『生き方と哲学』の冒頭で、生き方を考えさせる文学作品の例としてあげられていたからだ。この「かっこよさ」は女性にとってはちょっと分かりにくいと思うところもあったが、本書を読むと村上春樹が訳したということもあるのだろうけれど、意外なほどに彼の小説の呼吸の取り方と似ていると感じた。作品中の比喩も村上作品の比喩とどこかしら似たようなところがあると感じた。
そして巻末の解説(この本はこの解説だけでも十分楽しめる)で村上が指摘していることが、鬼界の言わんとしていることと同じだと思ったのだが、マーロウにとっては「勝ち負けはもう、それほどの重要性をもたない。大事なのは自ら作った規範を可能な限り守り抜くこと」なのだ。なぜなら「いったんモラルを失ってしまえば、人生が根本的な意味を失ってしまうことを彼らは知っている」からにほかならない。その美しいが崩壊の危機にさらされた規範を「最後までかたく保持」するマーロウの姿は神々しい。ときおりその中でみせる滑稽な子供っぽい反応が、女性には真似できない男性らしさなのではないだろうか。食わず嫌いで通り過ぎていた小説で読書の楽しみを味わえたのは実に愉快だった。