『生き方と哲学』(鬼界彰夫著、講談社)を読む。
著者のウィトゲンシュタインについての著作を以前読んだことがあるので、手に取った本。題名のとおり生き方について考えるとはどういうことかを真っ向から問う。著者はある対象について考える態度に二つあるとし、キルケゴールにならい、それらを倫理的思考と思弁的思考と呼ぶ。生き方についての思考はまさに前者の思考であり、判断するにあたり客観的基準がない、固有名が関わる思考だとする。そして倫理的に思考されるに値する生き方とは、人間本来の生活動であり、これはアリストテレスのいうエネルゲイアに相当する活動であると説く。このことを示すために人間の社会活動や貨幣経済についての考察がつづくのだが、つまるところ何か外在的な基準や目標に従属せず自分本来の善さを求める活動こそが大切だと主張している。ここでどういうことが本来的であるのかという疑問が湧くのだが、これについては普遍的にこうだとは言えないとしている。それこそが人間の生き方のアルス的なところであり、語り得ないところということだろう。ここにもどかしさを覚える人はいるかもしれない。しかし語り得ないものでありながら、私たちは他者と言葉を交わしながら生きていかねばならない。その言葉はどこから生まれ、どのように未来へと伝えられていくのだろう。この疑問は言葉を発する私に直接跳ね返ってくる。この重さを受け止めつつ答を探すのが読者一人ひとりに負わされた活動だろう。

生き方と哲学

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