『不安定からの発想』(佐貫亦男著、講談社学術文庫)を読む。
面白そうな題名だと思って手に取った本だが、内容は飛行機の設計思想に関わるもの。前半は世界で初めて友人動力飛行機の飛行に成功したライト兄弟を巡る話。彼らがどうして成功したかについての考察で、著者によれば三次元空間を移動する飛行機にどう安定性(固有安定というらしい)を持たせるかの発想が重要で、ライト兄弟はその点で先駆者たちと違っていたことに成功の主因があったという。すなわちある程度機体の安定性を犠牲にして、それを人間が舵を切ることで補完することにあった。飛行機の歴史についてはよく知らなかったので、興味深く読めた。特にライト兄弟が前人未踏の成功を収めたにもかかわらず、自転車工場経営者という在野の人であったためアメリカではあまり相手にされなかったこと、欧州では大きな反響を呼んだものの、技術の発展がめざましくあっという間にその飛行機は旧式になってしまったことなど、現在のどの技術開発にもありがちな話だと感じた。後半は、安定性を巡って著者が展開する組織論。

不安定からの発想 (講談社学術文庫)

不安定からの発想 (講談社学術文庫)

『慈悲』(中村元著、講談社学術文庫)を読む。
仏教の実践道徳の根幹である慈悲について碩学が解説した本。原書が発刊されたのは1956年だけど、こういう本は古くならない。今回東北の震災で寄付が瞬く間に集まったり、ボランティアが続々と参集したりという現象をみると、この慈悲という古くからある概念をもう一度考察するいい機会ではないかと思う。慈悲には衆生縁、法縁、無縁の三種類あって、われわれ凡夫の慈悲は衆生縁になり、仏の慈悲には対象をもたない無縁だという。著者は、西洋キリスト教文化の中心的教義である愛と対比させつつ説明をしているが、愛がどうしても愛する側と愛される側の個という壁があるところにその限界を見ているようだ。現代哲学だとデリダが純粋贈与の不可能性などを論じているところなどは、そうした個の概念がある限りでてくるだろうと思う。ただ西洋思想にどちらかというと慣れ親しんだ者からすると、融通無碍なる仏教思想の方が難しく思えてしまう。愛をも超越する慈悲はなかなか困難なのだ。
あと著者が強調しているのは、慈悲の実践的性格で、ただ概念を述べ立てる(お念仏を唱える)のではなく人間の物質的諸条件を通じて慈悲を達成させること、すなわち行動を通じて慈悲をもたらすことこそが重要ということである。この点は日本の仏教がいつのまにかおろそかにしてしまった点ではないかと思われ、今度の震災後の動きをみると、むしろその精神は非宗教的といわれる日本人の生活に息づいているように思われる。

慈悲 (講談社学術文庫)

慈悲 (講談社学術文庫)