『乾燥標本収蔵1号室』(R.フォーティ著、NHK出版)を読む。
『生命40億年全史』、『地球46億年全史』の著者のフォーティ先生が大英自然史博物館の裏の裏まで案内してくれる一冊。冒頭に著者曰く、「人生は記憶という名の館長が管理するコレクションで成り立っている。人は思い出や出来事を拾い集めて保管し、半ば忘れ去り、あるいは心の奥の棚にしまい込む。なかには思い出したくないこともあるが、そうやって保管されたもののすべてがよくも悪くも自分という人間をつくり上げている」と。この博物館の使命は、蒐集し、分類し、そして捨てないこと。この仕事に勤しむ(収蔵品に優るとも劣らない)風変わりな人々(これらの愛すべき人々の幾人かはサッチャリズムの余波を受けてそれぞれの人生を歩む)のエピソードを著者のウィットに富んだ語りで楽しんだり、学名の命名にまつわる裏話を読むだけでも十分楽しめるのだが、なによりも本書に一貫して流れている著者の生物多様性に対する深い造詣と愛情に触れることが楽しい。最先端の分析手法やIT技術の導入に一定の評価をしつつも、古き良き時代の遺伝子を持ちつづけている著者が、第8章の末尾で語る言葉にが本書の執筆動機をよく語っている。

発見を目的とする任務は、たやすく放棄されるべきものではない。彼らは心の底からそう感じている。しかも、それは金銭的な報酬に結びつくものではなく、ときたま世間に認められるにすぎない。彼らを駆り立てるのは、ものごとを発見し、それをほかの人に知らせたいという抑えがたい本能である。彼らの任務はひたすら生物圏の目録作りに向けられ、その生物圏は今やかつてないほど彼らの力を求めている。生物圏の力になることこそが、人間の人間たるゆえんを示すためになすべきことの一つではないか。

乾燥標本収蔵1号室―大英自然史博物館 迷宮への招待

乾燥標本収蔵1号室―大英自然史博物館 迷宮への招待

生物好き、博物館好きにはたまらない一冊で、時間の経つのも忘れて一気に読ませる好著。