『選択の科学』(S.アイエンガー著、文藝春秋)を読む。
 人生において選択しないという選択はない。選択という行為について心理学、生物学、文化人類学的考察に基づきながら考察した本。著者は商品選択に関わる実験(第6講で紹介されているジャムの選択肢が多すぎると逆に売り上げが落ちるというパラドックス的事実)で有名なせいか、本書は英フィナンシャルタイムズのビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2010に選ばれたことが宣伝になっている。しかしこの本の射程はもっと広く、例えば結婚に際して自分のキャリアとの折り合いをどう選択するか、瀕死の子どもの生死の決定の選択をどうすべきかというより深い哲学的な問題にも及ぶ。人は自分に選択権が委ねられているという認識(事実ではなくというところがポイント)をもっていると幸福であるという反面、つらい選択に際してはその結果と願望が合致しないと認知的不協和に苛まれるので、かえって他者に選択を委ねる方が幸福である場合もあることを指摘している。選択肢が多ければ多いほどよいわけでもなく、選択権があればあるほどいいわけでもないということを様々な事実を通して語る著者の最後の言葉は、本書のところどころで紹介される自身の生い立ちを知っているとさらに印象深い。

つまり、選択は人生を切りひらく力になる。わたしたちは選択を行い、そして選択自身がわたしたちを形作る。科学の力を借りて巧みに選択を行うこともできるが、それでも選択が本質的に芸術であることに変わりはない。選択の力を最大限に活用するには、その不確実性と矛盾を受け入れなくてはならないのだ。選択は、見る人によってさまざまに様相を変え、だれもがその目的に同意できるとは限らない。ときにわたしたちは選択に引き寄せられ、跳ね返されることもあるだろう。選択はどんなに用いても底をつくことはなく、解明すればするほど、まだまだ秘められた部分があることがわかる。選択の全貌を明らかにすることはできないが、だからこそ選択には力が、神秘が、そして並はずれた美しさが備わっているのだ。

選択の科学

選択の科学