『見てしまう人びと』(オリヴァー・サックス著、早川書房)を読む。
幻覚というと最近の危険ドラッグの報道もあり、狂気、凶暴、危険という連想が働くと同時に正常な人にとっては無縁なものだと思われています。しかし本書は幻覚という現象が正常と狂気を分ける兆候などではなく、感覚のインプットに障害が起きたときの脳が示す、「まっとうな」反応なのだということを教えてくれます。冒頭にでてくるシャルル・ボネ症候群の患者は、まったく精神疾患の兆候はなく、著者は実際よりもよく遭遇するものではないかと述べています。人や動物などの複雑な幻覚のみならず、単純な形や色、そして文字の幻覚もあるそうです。近年の神経科学の発達から生じる幻覚によって活性化される脳の部位が明らかにされつつあることを読むと、幻覚という症状も脳以外の部位の傷害と症状の関係と大差はないと思われてきます。健常者であっても感覚が遮断されると比較的容易に幻覚をみるようになること、視覚幻覚だけではなく、嗅覚や聴覚などさまざまなものがあり、音楽幻聴については同じ著者の『音楽嗜好症』に詳しく書かれています。パーキンソン症候群片頭痛てんかんナルコレプシーなどの内科的な疾患でも幻覚はみられることも紹介されています。いわゆる金縛りという入眠字幻覚などは体験者も多いと思います。驚いたことには著者自身も幻覚剤を自ら試し、その体験談が語られていることです(アンフェタミンまで試している!)。幻肢やドッペルゲンガーなどについても触れられており、こうした現象を知ると私たちが普段当たり前だと思っている「現実」というものに対する自信が揺らぐのを感じますが、逆にそうした「病い」に対する理解を深めることができます。
しかし、これほど具体的な幻覚の描写を読むと、外界の対象を知覚を通して現実を体験するということと脳の活動によりありありとした幻覚を体験するということのどこに差があるのかとおりいっぺんの説明では腑に落ちなくなりますね。

見てしまう人びと:幻覚の脳科学

見てしまう人びと:幻覚の脳科学