『哲学の起源』(柄谷行人著、岩波書店)を読む。
前著『世界史の構造』は未読なのだが、本書はそこで論じきれなかった古代ギリシャ哲学についての論考をまとめたもので、いわば前著の補遺にあたるとのこと。著者のいう交換様式Dは、交換様式B(略取と再分配)とC(商品交換)が支配的になり抑圧された交換様式A(互酬)が新たな次元で回帰するときに出現する形態であり、それが宗教という場なしに実現した事例としてイオニアの政治体制を著者は指摘している。そこでの政治体制イソノミア(無支配)は、民衆の”支配”体制であるデモクラシーとは異なることを、したがってアテネ直接民主主義とは異なることを強調する。イオニアのイソノミアは独立自営の農業や商工業の発達とともに形成され、アテネのデモクラシーは戦士である農民の要求から形成され、手仕事をする奴隷を所有していた。職業的技術を軽視しなかったイオニアには自然哲学が生まれ、「個」にもとづく哲学が形成される。通説だとイオニアの哲学は世界を構成する元素についての哲学で、人倫についての哲学はアテネソクラテスに始まるとされるが、著者はイオニアの自然哲学にはコスモポリスとしての倫理哲学があり、人間と世界をフィシスから見る哲学であったと主張する。イオニアが没落した後の社会的背景においてヘラクレイトスパルメニデスが何を目指していたのかを述べた第4章は今までのギリシャ哲学通史とは異なり蒙を啓いてくれる点があった。第5章ではアテネソクラテスが説いた哲学とは抑圧されたイオニアの哲学の根源であったことが示され、プラトンの著作によるソクラテス像とは対照的であることが示される。著者の示す「起源」の実証的なことはよく分からないが、哲学というラディカル(根源的)な営みとは何なのかを鮮やかに示してくれる本である。

哲学の起源

哲学の起源