[読書

『脳の中の身体地図』(サンドラ・ブレイクスリー、インターシフト)を読む。
私たちの脳は、無意識のうちに自分の身体と身体周囲の空間をマッピングしており、さまざまな状況に応じて可塑的であること、そして拒食症や幻肢などの病理はもちろん、スポーツでのイメージトレーニング、体外離脱体験、直観的判断などに関わることを興味深い話題を示しながら解説する本。まず人間の知性は身体の適切なマッピングがないと形成されないことを語り、脳の感覚野と運動野の解剖が説明される。ボディ・マップは、自分の身体の物理的特性に基礎を置くボディ・スキーマと、自分の身体について学習した考え方から生じるボディ・イメージがあるという。前者は無意識的で生理的構成概念であるのに対して、後者は意識的な自分の身体知覚から構成される一種の思い込み(belief)である。そして両者とも成長するにつれて変化するが、前者は身体各部の相関関係に影響を受けるのに対して、後者は個人の経験や記憶からより複雑な影響を受ける。ダイエットの失敗や拒食症は、両者の食い違いから生じるのかもしれないという。ここでは拒食症の治療法としてキャット・スーツが有効だった一例が紹介されているのが興味深かった。続いて運動スキルの向上と身体のマッピングのことが取り上げられ、超人的な運動技術をもつゴルファーやピアニストでもその運動を行う部位のマッピングに狂いが生じるとジストニアなどの運動障害が起きることが示される。幻肢とその治療の話も取り上げられる(これはラマチャンドランの著書に詳しい)。不思議の国のアリス症候群や他人の手症候群などの病理を説明した後、第7章では、環境中の対象とは無関係に想像上の三角形の格子に空間をマッピングするニューロンであるグリッド細胞が取り上げられる。状況依存的に空間マッピングを行う場所細胞とは違う細胞だ。第8章では道具を使うサルの研究として理化学研究所の入來博士の知見が紹介される。第9章ではミラー・ニューロンが取り上げられる。最終章では、情動の感受とその解釈能力(内受容性)が霊長類の進化の中でも人間で特に重要なものであることが説明される(解剖学的には島皮質と前帯状皮質)。情動の情報と知覚や思考、言語の情報を統合する右前島皮質の重要性はダマシオのソマティック・マーカー仮説を支持するものだ。最後に著者はこう述べる。

脳内に大代表の住所などない。すべての情報が”集まって”、あなたが感じ、当たり前だと思っている不可分の感覚性を生み出す場所は存在しない。すべては多数の感覚マップと運動マップやその他の脳領域に分布している。精神機能の場所を特定するなら、特定のポイントではなく、情報処理のループ、つまり回路内に存在するというべきだ。(中略)自己は無数のマップや他の脳領域に広く分布している脳の活動が合わさって、”初めて”生まれるのだ。自己は指揮者や決まった楽譜のないオーケストラだ。それでも、演奏者たちが即興の合作に長けているおかげで、常に素晴らしい音楽が流れている。このオーケストラに楽譜も指揮者もないように、心にも核はない。

脳の中の身体地図―ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ

脳の中の身体地図―ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ