『人は原子、世界は物理法則で動く』(マーク・ブキャナン著、白揚社)を読む。
個々人をみると複雑でどれも同じ人はいない。けれどもそうした特徴は捨象して、人間どうしが相互作用をすることによって現れるパターンをみれば、そこには驚くほど単純な法則で解釈することができることを説いている本。気体の挙動を分子運動論として解析するように、社会の中でふるまう人間を原子として解析してみようというもので、それにより個々の原子レベルでは説明がつかない、原子集団のレベルで出現してくる創発的パターンを説明できるという。古くはアダム・スミスが唱えた見えざる手、近くはハイエクが唱えた自制的秩序というものがこれに相当するだろうが、最近のコンピュータ技術の発達により複雑で膨大なデータの解析ができるようになり、社会物理学、経済物理学という形でより科学的に事象を捉えられるようになったという。この説明の中で人間とは完璧に合理的な存在とはほど遠く、合理性が適用できるのは限られた範囲であるとし、新古典派経済学の前提を批判している。人間はどちらかというと狡猾なギャンブラーであり、適応性に富むご都合主義者というわけだ。この点については最近の経済学ではお馴染みの話題であり、類書も多くある。また人間は互いに他人を模倣したり、かなり利他的に振る舞う存在であることも強調される。集団の中で一定の比率で存在する互恵主義的行動は、人間集団どうしが淘汰される過程で有利であっただろうという。このあたりは集団レベルの競争がかなり激しい場合という仮定での話であり、普遍的にどうかという問題はあるだろう。小集団で素早く強調し団結するという特性は、しかしながら疎遠な他者を排撃する特性を助長しがちになり、そこから民族紛争も生まれる負の側面もあることを指摘している。宗教も集団の淘汰において一定の役割があったのだろうが、本書では詳述はされない。富がなぜ社会で偏在するかということを河の流れと同様に冪乗則が見いだされるという点を紹介するとともに、個人の成功はかなり偶然の要素もあると述べている。最近は個性ばかりが強調されがちであるが、共通する普遍的特徴(よい点もわるい点も含めて)を冷静に見つめた上で社会の制度設計をする必要があるだろう。副題に社会物理学で読み解くとあるが、本文に数式はほとんどない。読みやすくはあるが、註に文献を示すだけではなく、もうちょっと詳述してほしいという不満も残る。

人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動

人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動